婚と葬

いろいろこのゴールデンウィークに立て込んだので、その個人的な記録として日記を書きます。題目のとおりの内容なので"一見さん"は今日の日記は読まないことをお勧めします。


5月1日。当初の予定どおり実家に妹の彼氏が来て「結婚させてください」のイベントが発生、相手の方は自分よりも5歳も年上の方です。さすがに弟ができた〜というには年上すぎなのでどうお呼びしたらいいか・・・難しいですね。

その日は泊まってもらい、翌日2日の昼過ぎに両家顔合わせ。そのまま会食の場で婚姻届けの立会人欄に両家が記入し無事婚約となりました。妹はそのまま彼氏の親戚へのご挨拶のため彼氏の鹿児島の実家に向けて「リレーつばめ」で出発しました。
残された私と両親は一旦実家に戻ったのち、夕方に病気療養のため入院中の母方の祖父のお見舞いに行きました。妹の婚約を早速母より報告。既に何を話し掛けてもほとんど反応もできないほど衰弱していた祖父でしたが、その母からの報告に「うん、うん・・・」と応えてくれました。

それから6時間ほど後の翌3日0時過ぎ、その祖父が亡くなりました。まるで婚約の報告を聞き届けるのを待っていたのかのようなタイミングでした。3日夜のお通夜では、久しぶりに親戚で集まりました。残された祖母が棺の中の祖母に「おじいちゃん」と語り掛ける姿に思わず涙腺が弛んでしまいました。夜中は徹夜明けの両親の世代に代わり従兄弟で斎場に残ってお互いの近況や祖父との思い出などを朝まで語り明かしました。

4日の告別式。叔父の挨拶では、祖父との思い出を話す伯父が言葉を詰まらせたので、もらい泣きしてしまいました。火葬場までの霊柩車では自分が遺影を持ちました。その日のうちに初七日まで行い解散となりました。夕方に実家に戻った後、疲れがどっと出たのかちょっと転寝をするつもりが翌朝までぐっすり寝てしまいました。

5日、お経を上げてもらったお寺へのご挨拶のために久留米に行きました。母方の故郷は実は全く知らなかったので知りたいと思い両親に同行しました。亡くなった祖父と一回来たのはなんとなく覚えているのですが、お墓への道の方向など全く逆に記憶していたりと本当に全く覚えていない状況でした。
そしてつい先ほど飛行機で東京に戻ってきました。

気がかりなのは、妹には祖父のことをまだ言っていないことです。交通事故の後遺症で妹は未だ精神状態が落ち着いていないこと・・・、婚約した5月2日夜から先方の家族からの歓迎を受けに鹿児島に行ったばかりだったこと・・・、お祖父ちゃん子だった妹のことだから伝えたら飛んで戻ってくることは明白・・・、いろいろ両親が考えた結果「恨まれるだろうけど当面伝えない」ということになりました。

長い長いゴールデンウィークがようやく終わりました。精神的にも肉体的にも連休前よりヤバい状況のような気がしますが、明日からは気持ちを切り替えないといけないなと思い、あえて日記に残しました。文字にすることで何だかモヤモヤが晴れていく気がします。これから1ヶ月は会社や自分の引越しもあり忙しくなりますが"気合"で乗り切りたいと思います。